『Hunted』冒頭部試訳 その2

 午後二時少し前に交代要員のトニー・カナギが到着した。飼育舎を通って放牧場にやってくると、ヒスワリ語でフェストに挨拶をしたあとまっすぐジェーンのいるところへやってきた。

「オル・ファラジャのレンジャーから聞いたんだが、C76号線の北側の廃屋に銃を持った男たちが集まってるらしい。調べに行くと言ってくれたんだが断ったよ。うちが行くからって」

「じゃ、わたしが見てこようか」ジェーンは特に行きたいわけでもなかったが、状況を察して申しでた。

「助かるよ。例の試合のせいでレンジャーの人手が足りないんだ」今日は隣のオル・ファラジャ自然保護区のスタッフと恒例のサッカーの試合が行われている。「まあ、たいしたことじゃないだろう。こんな真っ昼間に何かしでかすわけがない。その廃屋から五キロと離れていないところには軍の基地もある。そいつらが密猟者だとしたら、かなり頭の悪い連中だ」

「密猟者かもしれない。何人かレンジャーを呼び戻したほうがいいんじゃない? そいつらの頭は悪くても銃を持っていたら殺すことはできる」

「そこまで気にすることはないよ。それに、試合中の人員の補充には手を打ってある。休みの者にも無理を言って来てもらうことになってるから」

 ジェーンはうなずいた。

「怪しい連中が目撃されたのはいつ?」

「三十分前だ」

「場所は?」

「ンダラグワラのゲートから二、三キロいったところだ」

 トニーの後ろにいたダグラスは、身体を起こしてペレットを食べはじめた。

「わかった。交代が来たら行ってみる」

「ありがとう」トニーはほっとしたようだった。それからヒスワリ語でフェストに何か話しかけたが、ジェーンにもおおよその内容は聞きとれた。「いいか、密猟者にゴールを許すんじゃないぞ。ここの飼育員【キーパー】はおまえなんだからな。あと、あのフクロウは追い出せ」トニーは飼育舎のほうに手を振ってそう言うと、車に戻っていった。

 ジェーンはダグラスが餌を食べる様子を見つめた。彼の警備に就いて三年になる。一週間に六日、毎日八時間。休みは週に一日と一週間おきに週二日。ダグラスにはとにかく驚かされる。起きているあいだじゅう腹を空かせているのだ。しかしさすがに歳を取るにつれて食欲は落ち、寝る時間が長くなってきている。

 鼻の上には六十センチほどの角が生えていたが、密猟者に狙われないように獣医が切りおとした。サイの角は毛髪と同じ成分でできている。言わば毛が圧縮されて固まったようなものだが、イエメン、ヴェトナム、中国の闇市場では金よりも高値で取引されている。なので獣医はダグラスの肢に追跡装置を埋めこんだ。おかげでレンジャーはダグラスの位置をつねに把握することができる。だが角は切ってもまた生えてくる。いまは二十センチほどまでのびていた。

 数分がたち、ほかの交代要員がやってきた。サッカーの試合のせいで午後はレンジャーも飼育員も人手が足りなくなっている。交代要員も充分とはいえないが、足りない分はテクノロジーがカバーしている。上空には監視用のドローンが飛び、柵にはモーション・センサーが取りつけられている。それらが功を奏し、この三年近くはバンダリ自然保護区のなかで殺された動物はいない。

 ダグラスの警備にやってきた臨時の交代のレンジャーはネイサン、ティム、ジョモの三人だった。 

 最初に車から降りてきたのはティムだ。若くてやる気があり、普段から率先して空いたシフトに入ってくれる。サッカーが大好きでうちのエースストライカーでもあるが、あえて今日シフトに入ったのは、隣のオル・ファラジャのチームを破って栄光を手にするよりも、キタシロサイの警備を選ぶことでこの仕事への意気込みをアピールするためだろう。

 次に降りてきたのはネイサンだ。彼もサッカーが大好きで、ティムより少し年上だ。そしてトニーの忠実な後輩でもある。トニーに頼まれていやとは言えなかったにちがいない。

 ジョモが交代に入ったのは意外でもなんでもない。彼はフェストと同じウガンダ出身で、ふたりはバントゥー語で挨拶をかわしていた。

「ダグラスはどうだ?」ジョモが尋ねた。

「のんびりやってるよ。皮膚と目に薬をつけた。食欲もある。あとは下手なことを言って怒らせないことだ。文句を言うとわかるんだぞ」

「知ってる」ジョモは笑うと、放牧場から出て行くフェストの腕をすれちがいざまにつかんだ。

 ネイサンはキタシロサイのメス二頭の警備をしているレンジャーと交代するために東側の放牧場に向かい、ティムはライフルを背負ってダグラスを監視できる位置に移動した。少しのあいだ、ジョモとジェーンはふたりきりになった。ダグラスは餌を食べつづけている。

「これから密猟者の目撃情報をたしかめに行かなきゃならない」とジェーンが言った。

「そうか。ここは大丈夫だから行って。ドローンが飛んでるし、番犬も放してある。誰も入ってこれないさ」

「わかってる」

「だったらなんでそんな顔してるんだ。ここはきみにとっていちばん安心できる場所のはずだろ? ぼくたちの新居もここの納屋にすべきかな」

 ジェーンは笑った。

「心配することはないよね」

「ああ。昨日よりも平穏だ」

「そして明日は今日よりも平穏」

 ふたりは一瞬指を触れあわせた。そのあとジェーンは放牧場を出て自分のランドローバーがとめてあるところまで行った。車のドアをあけたとき、南東方向の空にきらりと光るものが見えた。飛行機にしては大きすぎる。スーパーバッツ以外のものにしては小さすぎる。スーパーバッツとは、このバンダリ自然保護区の上空をパトロールしているドローンで、テクノロジーの塊だ。

 運転席に乗りこみ、ライフルを足元に、双眼鏡と無線機を助手席に置いてエンジンをかけた。ンダラグワラのゲートまで来ると、とまってゲートをあけ、通ったあとはゲートを閉めて施錠した。そしてC76号線へと続く道を走り、C76号線に出るとそのまま渡ってライキピア高原を走る道に入る。その高原は密猟者にとって格好の狩り場となっている。

 ツバメガンが少しのあいだ、この車の速度に合わせて空を飛んでいた。ハンターはツバメガンを避ける。毒があるからだ。その毒でツバメガンは捕食動物から身を守り、繁栄してきた。ツバメガンの好物の、毒を持つ昆虫が棲む湿地帯はここ何年かのあいだ、農地開発のためにつぶされてきた。それにともなってツバメガンの個体数も減少している。

 ジェーンは、サイの飼育舎に巣を作っているフクロウのことを思った。あのフクロウはハトほどの大きさしかない。彼らはその姿や羽根の色で擬態をする特性を持っている。それは見事としか言いようがなかった。食べるものは主に昆虫で、それも夜のあいだしか食べない。特に悪さをするわけでもない。

 だがケニアでは、フクロウは不吉な鳥とされてきた。フクロウが庭にやってきたら、それは誰かの死を暗示していると言われている。